ブログトップ

PlanterCottage Blog

plantercot.exblog.jp

プランターコテッジについての記述


現在PlanterCottageでは、不定期発行紙・・・(今のところ、「誌」じゃなくて「紙」)『Me』の発行準備中。
以下の文章もそのMeに掲載する予定のもの。

『PlanterCottage』

Planter 1:植える人・耕作者 2:開拓者 3:植物栽培容器  
Cottage  1:粗末な家・小屋 2:小さな家 3:別荘


            2004年10月20日 RIKI-TRIBAL 小池雅久

始まり

「アート」は「表現」への入り口でした。今現在「表現」は私と「アート」を繋ぐものです。
今から十数年前のこと。私はそれぞれの重さを片方ずつの手に感じながら、その間にある境界線上をよたよたと歩いていたような気がします。そこはちょうどお椀の淵のようで、緩やかに湾曲した内側の面の上端部と、その面の裏側、すなわち外側の面の上端部が接する場所に似ています。







1999年の冬の終わり。私と妻は築33年の木造平屋の集合住宅の一部屋を借りることにしました。
植物は「此処という場所」と「今という時間」を正確に知る生き物だと考えていた私は、その場所に草と種を植えてみることにしました。
それは、その場所から植物に向かって語りかける最初の言葉となったのだと思っています。
それから5ヵ月後の初めての夏。私たちは、この場所をPlanterCottage (プランターコテッジ)と呼ぶことにしました。

「目的」

PlanterCottage は「此処という場所」「今という時間」を知る為に、私たち(RIKI-TRIBAL)が用意した場所です。
私たちの目的は、1:次に向かうべき場所を知ること。2:次に伝える必要があることが何であるのかを知ること。それによって、『今を知る力(知識)と次に進む力(行動力)を持つこと』です。
私たちはそのための一つの方法として、「植物と人が共生する暮らし方」を考えることを選択し、その為の拠点となる場所を用意することにしました。
行く先に何があるのかを私たち自身が知る術はありませんが、此処という場所が、次に向かうべき場所への指針となることは確かです。
今という時間がすぎれば、次に伝えるべき内容も変化します。
私たちの目的は不変ですが、私たちの道筋は常に変化するものです。

「試み」

PlanterCottageは、私が次に向かうべき場所を知るため、そして次に伝える必要があることを知るための場所として、今も変わらずに必要不可欠な場所です。
PlanterCottageにとって最も重要なことは、ここを訪れる人が存在すること。
私が撒いた種や植えた草が、雨が振り、風が吹き、虫たちが訪れ、日の光を浴びることで、花を咲かせ実を付けるように、私にとっては、ここを訪れる人の存在と、その間で築かれる様々な関係性なくして目的に到達することはできません。
ただし、私が、訪れてほしい存在を望むことはできたとしても、結果は望みどおりになるとは限りません。
可能なことは、ここを必要とする全ての存在の為に常に開かれた場所となることだけであり、唯一それだけが自分が今何処にいるのかを知る為の手だてになるのだと思っています。

「PlanterCottage が選択する要素」

PlanterCottageは、植物と人が共に生きる姿を考え実践する場所です。
現在、PlanterCottageは、植物と共生する姿を考える為に必要な要素として、『本』『道具』『Art』の3つの要素を選択し『ギャラリー・図書館』として、数々の試みを展開しています。
・ 『本』-行動に必要な知識の必要性や、意思を伝えることや受け取り方を考える為の手立てとして。
・ 『道具』-道具の必要性。物・道具、その必要性やあり方を考える為に。
・ 『Art』-感性や創造性・美意識がもたらすもの。その必要性や意味を知り、経験するために。
これらの要素が持つ個々の魅力や可能性を見出すことはもちろん大切なことですが、これらの要素を如何に融合させるか、互いが必要とし合える関係性をつくることができるのかが、この場所にとっては重要なことです。

「植物と人との共生」

私たちが考える、植物と共生する暮らしとは、様々な要素が融合する環境の下、互いが必要とし合える関係性を築き続けることです。
ここで注意しなければならないことは、私たちは、ほぼ無意識の内に、育てる側と育てられる側に隔てられた関係性の中で考えがちになることです。このような一方的な関係性をつくらずに、又はそれを捨て去ることによってのみ、植物と人間とが意識を合わせることが可能になるのだと思います。
さらにこの関係性を実現させる為にはどうしても、単一方向性の思考から、多重方向性を持った循環型の思考にシフトする必要性があります。
それがどちらであろうとも、一方が我慢する上に成り立つ関係は単一方向性の思考であり、それはまた消費型という姿をともなう関係とも言えます。多重方向性を持った循環型の関係とは、均衡がとれた関係の連鎖を成立させ繰り返すことでもあるのですが、その為には、常に「此処という場所」と「今という時間」を知ろうとする努力を欠かさず、循環する為には今何が必要なのかを問い続ける必要があるでしょう。
[PR]
by plantercottage | 2005-01-11 00:52 | プランターコテッジME
<< PlanterCottageの... プランターコテッジへの連絡と道順 >>